宮本伸一のプロフィール

宮本伸一(みやもと しんいち)

【プロフィール】
■生年月日:1973年(昭和48年)8月7日
■出身地:広島県福山市。文京区には21年間在住
■党役職:公明党文京総支部青年部長、第3支部副支部長
■経歴:創価大学法学部法律学科卒。輸入住宅会社を経て、外資系海運会社の日本支社に20年勤務
■趣味:サッカー、読書
■家族:妻、1男、1女
■モットー:誠実第一
■2019年4月 文京区議会議員選挙 候補者

エピソード

■広島県・福山市での幼少期

私は広島県・福山市に生まれ育ちました。

3人の姉に続いて生まれた末っ子です。

カーテンの職人だった父は、よく私を、海釣りに連れていってくれました。

母は36歳の時、医師から「産んだら死ぬ」と言われながら、それでも命懸けで、私を産んでくれました。

いつも、質素ながらも美味しい食事を用意しようと心がけてくれる母でした。

両親の愛情を感じながら育った、幼少期だと思います。

奇遇ですが、江戸時代、文京区には福山藩の中屋敷があり、今の区立誠之小学校も、福山藩の藩校「誠之館」に由来します。

そのような関係で、文京区と、私の郷里である福山市は、2018年、相互協力協定を結んでいます。

 
■サッカーに明け暮れた小学生時代

小学生時代は、人気サッカー漫画「キャプテン翼」に影響されて、地元のサッカーチームに入団し、月・火・水・土・日と、サッカー漬けの毎日を過ごしました。

広島県大会で2位まで勝ち進んだ強豪チームで、ポジションはディフェンダーでした。

当然、将来の夢はサッカー選手でした。

 
■上京し中学・高校では寮生活

中学校への入学を機に上京し、以来、高校・大学にも、寮や下宿から通いました。

母が毎月必ず、段ボール箱に、食べ物がいっぱい詰まった仕送りを、手紙を添えて送ってくれたのが、心の支えでした。

寮生活を通じて培った友情は、今も最高の財産です。

「語学」と「読書」の大切さを教えられ、特に英語の勉強には力を入れていました。

 
■大学時代に垣間見た「世界」

学生時代、アルバイトで旅費を工面しては、海外を旅していました。

貧乏学生ですので、近場のタイ、フィリピン、ベトナム、ミャンマーなど、東南アジアが中心で、なんのあてもない、ヒッチハイクやバスでの旅行でした。

そうした旅の中で学んだのは、日本の文化が唯一絶対なのではなく、世界には、さまざま多様な文化があるということ、そして、誰もが一日一日を、必死に生きているのだということを、まざまざと痛感させられました。

その後、フィリピン大学への留学も経験しました。

 
■就職直後に味わった社会の厳しさ

社会人1年目に文京区へ越してきました。

ところが、ほどなくして、就職した輸入住宅会社が、バブル崩壊の余波で経営難に陥りました。

希望退職を勧められて辞めようとも思いましたが、お世話になっていた先輩からの「恩のある会社なんだから、ちゃんと最後まで勤め上げろ」との一言で、営業停止になり事務所の鍵を締めるまで残りました。

社会の厳しさを味わいながら、人生で最も大切なことを学んだ時期でした。

 
■認知症を患った母との14年間

母が、認知症を発症したのは、60代でした。

独身時代、広島にいるはずの母が、突然上京し、私が帰宅すると、なぜか、私の住むアパートで家事をしていたことが、幾度もありました。

ある時、母が、「伸一、これね、昔書いたやつ」と言いながら、ノートの切れ端に綴った文字を、私に見せました。

そこには、「はやくお嫁さんに会わせて」と書いてありました。

母は、言葉が薄れ、記憶が薄れる中でも、「結婚までが自分の務め」という思いで、東京まで来てくれていたのだと思います。

しかし、私の中では、来るたびに母が、かえって、遠くへ行ってしまうようでした。

当時はまだ、認知症に対する理解が、現在ほどには進んでいませんでした。

「なんで」と、何度思ったかしれません。

今になって、「もっと、ああしてあげればよかった」と、母の写真を見返すたびに、胸が締めつけられます。

そんな母を、亡くなるまでの14年間、父は、「これまでの恩返しじゃけ」と笑って、支え続けていました。

とはいえ、その労苦は並大抵ではなかったと思います。

脳出血で倒れて83歳で要介護となったため、こちらへ呼び寄せ、現在は、施設でお世話になっています。
 
■外資系海運会社でセールスエグゼクティブを務める

その後、英語力を生かせることから、外資系海運会社に入社しました。

お客さまの電話応対や船荷証券を発行するカスタマーサービス業務、船や荷物の出入りを調整するオペレーション業務を経て、営業を10年以上務めてまいりました。

海上輸送は為替の動きや国際情勢、大国同士の貿易戦争など、好不況の波が直撃する業界です。

最大の顧客からの受注を、ゼロに近いほど大幅に減らしたこともありました。

しかし、私の営業スタイルは、「無理とは言わない営業」です。

たとえ99.9%、無理そうに見えても、「動いてみなければ分からない」──そう決めて、まず動いてみる。

あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしているうちに、やがて熱意が伝わり、状況が開けていくこともあります。

そうした仕事ぶりを評価していただき、セールスエグゼクティブという立場で、多くの重要な顧客を任されてきました。

私の信条は、「Take It Personally」──「何ごとも、わがこととして捉える」です。

すべてのことを「他人事」ではなく「自分事」として受け止める姿勢です。

お一人お一人、すべてのお声に対して誠実に、わがこととしてぶつかっていきます。

プライベート

  1. 妻・1男・1女の4人家族です。
  2. 趣味はサッカーと読書です。
  3. 山本周五郎、吉川英治、プラトン、トルストイなどを愛読しています。 それと、漫画「ONE PIECE」(ワンピース)と宇宙兄弟が大好きです。
  4. テレビ番組では「笑点」ファンです。ついつい、つまらないオヤジギャグをつぶやいてしまいます。
  5. 血液型はA型です。なぜか“意外”と言われてしまいます。
  6. かつては映画監督を志したこともありました。 好きな俳優は松本潤さんです。一生懸命な感じが好きです。
  7. 音楽は「エレファントカシマシ」をよく聴いています。
  8. 自分を動物に譬えると「日本犬」でしょうか。目立たないけれども忠実、という雰囲気が似ていると思います。
  9. 好きな食べ物は、焼き魚、アジフライ、コロッケ、お好み焼き(広島風)です。 自分でつくるのは、肉野菜炒めが得意です。